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カテゴリ:勤労挺身隊 の記事リスト(エントリー順)

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日韓高校生交流 in 名古屋

kage

2015/02/03 (Tue)

1月29日から2月1日の日程で
韓国高校生8人(と引率2人)が
朝鮮女子勤労挺身隊の悲劇を
学び・交流にやってきました。

東南海地震犠牲者追悼碑、
三菱重工名古屋航空宇宙システム製作所大江工場内殉職碑、
熱田神宮、
東春朝鮮初級学校、
いこいのマダン、覚王山日泰寺「寃死同胞慰霊碑」、
第43回在日朝鮮学生美術展の見学・訪問。
スーパーモールでの買い物。
また、瑞浪市釜戸町地下壕フィールドワーク、
日韓高校生討論会
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そして、最終日夕食交流会
DSC01020es.jpg

を行いました。
4日間の日程は瞬く間に終わりましたが、
夏の交流を約束し中部国際空港から
光州に帰って行きました。
搭乗ゲートで彼らがみえなくなるまで送って帰りました。
個人的には24時間の行動でしたが疲れました。
歳ですね・・・
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解決済論を超えて

kage

2014/01/17 (Fri)

~解決済論を超えて~

私たちは、「日韓請求権協定」と「光州判決」の深い
理解が、政府官僚や一部マスコミの「嘘」と「感情論」
を明らかにし、私たちの進むべき道をも指し示すのでは?と
考えて、今回の学習討論会を企画しました。
あなたの疑問には、問題提議を行なう岩月弁護士と
長谷川弁護士がお答えします。
これからの運動は、みんなで話し合って考えましょう。

           記
日時 2月13日(木) 18:30~21:00
場所 民主会館
 地下鉄 東山線「新栄町駅」下車 約50m

名古屋三菱・朝鮮女子勤労挺身隊訴訟を支援する会

東南海地震犠牲者を追悼する集い

kage

2013/11/27 (Wed)

2013年11月25日
皆様
                            医療法人名南会
                             国民救援会南支部
                             愛知県平和委員会

東南海地震犠牲者を追悼する集いのご案内

 昨年11月4日、移設・除幕式を執り行ってから、早1年余りが経過しました。その時には、間に合わなかった説明プレートもすぐ右隣に設置することができました。この1年間、日韓青少年交流、地域九条の会、毎日新聞、KBS(韓国公営放送)などが追悼、取材のために訪れました。 また、6人の犠牲者を出した朝鮮女子勤労挺身隊に関する訴訟で、去る11月1日、韓国光州地方法院は原告らの請求をほぼ認める判決を下しました。11月18日、名古屋市内で開催されたその勝利判決報告集会に参加した原告、梁錦徳ハルモニ、金中坤さんをはじめ韓国代表団20名(マスメディア、映像関係者5名を含む)は、記念碑の前で勝訴報告をしました。
 こうして追悼記念碑は、光州・韓国と名古屋・日本の友好・連帯のシンボルとしてもその存在意義ますます高めています。また、“追悼記念碑”は、きな臭さい政治の暴走を許さないために、“悲しみを繰り返さぬようここに真実を刻む”と、広く市民に訴えつづけています。
 本年12月7日は、追悼記念碑建立から25周年にあたる特別の節目の日でもあります。皆さん、下記の要領で「集い」を行います。ふるってご参加下さい。



▼日時 12月7日(土) 13時15分~45分
▼場所 名南ふれあい病院追悼記念碑前
▼次第
開会の言葉 司会(西本義弘:医療法人名南会専務理事)
管理3団体代表挨拶
地元・元三菱工員関係者挨拶(村松寿人さん:元三菱重工道徳工場労働者)
旧学徒関係者(太田栄蔵さん:旧熱田中学生)
黙祷
献花
記念写真
閉会の挨拶(小出裕:名古屋三菱・朝鮮女子勤労挺身隊訴訟を支援する会事務局総務)
閉会の言葉 司会

光州大法院判決報告集会

kage

2013/11/07 (Thu)

支援する会スタッフ会議で
昨日、確認された光州大法院判決報告集会 の開催を確認しました。

韓国から原告2名、
遺族、
弁護士、
ハルモニとともにする市民の会、
光州人権担当官、
記者が来名します。
支援する会会員へは後日案内が発送されます。

光州地方法院 第12民事部 判決

kage

2013/11/04 (Mon)

「会心のホームラン判決」 (I氏の表現)。
I氏が、ホテルや空港の待ち時間で歓びといち早く皆に知らせたい一心で翻訳したものです。
結論は涙無しに読めません。(T)
-----------------------------------------------------------------------
光州地方法院 第12民事部 判決

主文 
1. 被告は原告Y○○、I○○、P○○、K○○に各150,000,000ウォン、原告K○○に80,000,000ウォン及び上の各金額に対して2013年10月4日から年5%の、次の日からすべて払い終える日までは年20%の各比率による金を支給せよ。
2. 原告らの残りの請求を各棄却する。
3. 訴訟費用の1/4は原告らが、3/4は被告が各負担する。
4. 第1項は仮執行できる。
 
請求趣旨
被告は原告Y○○、I○○、P○○、K○○に各200,000,000ウォン、原告K○○に450,000,000ウォン及び上の各金額に対して、この事件の訴状送達翌日からすべて払い終える日までは年20%の比率による金を支給せよ。

理由
1.認定事実
ア、当事者らの地位
イ、日本の韓半島(朝鮮半島、以下「朝鮮半島」とする)侵奪と太平洋戦争等の勃発
ウ、原告らの勤労挺身隊支援等
エ、勤労挺身隊と慰安婦の区別
オ、日本国の強制労働禁止条約加入
カ、被告の設立
キ、太平洋戦争終戦以後の状況
 1)対日平和条約の締結
2)大韓民国と日本国間の国交正常化のための条約と付属協定の締結
3)請求権協定に沿う後続措置
 ク、民間共同委員会の開催
 ケ、第2次世界大戦終了後の各国の戦後賠償
  1)ドイツ国のケース
2)米合衆国のケース
3)カナダのケース
4)日本国のケース
 コ、日本での訴訟経過と原告らの死亡

2.本案前の抗弁に関する判断
 ア、被告の主張
    被告は、国際司法附則第2条は「この法施行(2001年7月1日)以前に生じた事項に対しては、従前の渉外事業に依る」と規定しているが、従前の渉外事業には国際司法管轄に関する何らの規定もなく、これと関連した条約や一般的に承認された国際法規が存在しない。したがって渉外的事件に関する国内法院(裁判所)の裁判管轄を認定するかどうかは、訴訟当事者の公平、裁判の適正、迅速を期するという基本理念に沿って条理により決定しようとするのだが、原告らが日本で同一の訴訟を起こし、証拠調査をすべて終えた後、敗訴判決の宣告を受けて確定したし、被告は大韓民国に支店や営業所がなく、この事件訴訟の請求原因がすべて日本で起こり、大韓民国とは実質的関連性もなく、日本の法人である被告に大韓民国の裁判所で日本の訴訟と同一な内容の訴訟を反復させるのは、前でみた基本理念に反するので、この事件の訴訟は裁判管轄権のない大韓民国の法院で起こされ不適法であると主張する。
 イ、判断
    国際裁判管轄の決定においては当事者間の公平、裁判の適正、迅速及び経済を期するという基本理念に沿うべきであり、具体的には訴訟当事者たちの公平、便宜そして予測可能性のような個人的利益のみならず、裁判の適正、迅速、効率及び判決の実効性等のような裁判所ないし国家の利益も共に考慮するべきだろうし、このように多様な利益のうち、どのような利益を保護する必要があるかと余否は、個別事件で法廷地と当事者との実質的関連性及び法廷地と紛争になった事案との実質的な関連性を客観的な基準として合理的に判断しなければならず(2012年5月24日宣告2009タ22549判決、2006年1月27日2002タ59788判決等参照)、国際裁判管轄に関して条約や一般的に承認された国際法上の原則がまだ確立されてなく、これに関するわが国の成文規定もない以上、わが国の民事訴訟法の土地管轄に関する規定若しくは上の基本理念に沿って制定されるものなので、基本的に上の規定に依る裁判籍が国内にある時には、渉外的事件に関してもわが国に裁判管轄権があると認めることが相当である(大法院1992年7月28日宣告91タ41897判決等参照)。
    この事件で見ると、この事件の請求は旧三菱が日本国と共に原告らを強制連行した後強制労働をさせた一連の行為が不法行為で、被告は旧三菱の原告らに対する法的責任をそのまま負担すると主張するものだが、上の認定事実に依れば大韓民国は上のような一連の不法行為のうち、一部がなされた不法行為地である点、原告らがこの事件で主張する事実を裏付ける日本内の物的証拠はほとんど滅失した反面、被害者である原告らがみな大韓民国に居住しており、事案の内容が大韓民国の歴史及び政治的変動等と密接な関係がある点等を知ることができ、大韓民国はこの事件の当事者及び紛争になった事案と実質的関連性があるといえるし、したがって大韓民国の裁判所はこの事件に対して国際裁判管轄権を持つといえるので、被告の上の主張は理由がない。
3. 本案に関する判断
 ア、当事者の主張要旨
  1) 原告らの主張
2) 被告の主張
イ、旧三菱の不法行為責任の成立
 1)準拠法の決定
 2)判断
ウ、原告らに関するこの事件、日本の判決の既判力認定に関して
エ、被告が旧三菱の債務を負担するかに関して
オ、請求権協定によって原告らの請求権が消滅したという主張に関する判断
カ、消滅時効の完成主張に関する判断
 1)準拠法の決定
 2) 消滅時効が完成したという抗弁の可否
キ、損害賠償の範囲に関する判断
 1)慰謝料の金額
   下で説示する原告らの年齢と性別、不法性の程度及びその故意性、被告がこのような不法行為に至ることになった経緯及びその関与程度、それに因る原告らの被害の程度、にもかかわらず不法行為以後50年を超す期間の間、責任を否定した被告の態度の程度等の、当審弁論終結当時までに発生した一切の事情と共に、この事件の不法行為時と当審弁論終結時の間の長期間の歳月が経過することに沿った国民所得水準や通貨価値の変動等を考慮し、このように不法行為時と弁論終結時間の通貨価値の変動等を考慮した慰謝料賠償債務の遅延損害金は、例外的にその慰謝料算定の基準時である事実審の弁論終結当日から発生すると見なければならないことに沿って、不法行為時から弁論終結時まで長期間の間賠償が遅延したのにその期間に対する遅延損害金がまったく加算されなくなるという事情まで綜合的に考慮してみると(大法院2011年1月13日宣告2009タ103950判決、大法院2011年7月21日宣告2011財タ199全員合議体判決等参照)、被告が支給しなければならない慰謝料は、この事件の弁論終結日を基準に原告ら、この事件の勤労挺身隊員一人当り150,000,000ウォンに、勤労挺身隊員の家族である原告K○○本人の慰謝料は30,000,000ウォンに各定めるのが相当である(この事件の慰謝料は、被告が同一な釜山高等法院2012ナ4497事件の原告らは当時満28歳から22歳の男性たちで、強制労働期間が11ヵ月程度なのに比べ、この事件の原告らは当時13、14歳の女性たちで、日本が1932年頃批准登録した強制労働に関する条約に依れば、絶対的に強制労働が禁止される齢だったし、強制労働期間が1年5ヵ月程度である点等を参酌して算定した)。
   ア)被告は朝鮮半島に対する不法な植民地体制を固めて、日本帝国主義の膨張のために侵略戦争を遂行しようとする日本政府に積極的に協力し、綿密な計画の下に、充分な判断能力を持てない満13、14歳の原告らを、上級学校への進学、充分な賃金提供等と欺罔したし、これに原告らの家族が反対すると家族に危害を加えるかのように原告らを脅す方法で強制連行した。
イ)被告は上のように原告らを強制に連行し、過酷な行為を加えながら強制労働を強要した。これに因って原告らは幼い齢で家族と離別し、家族の保護を受けるとか、家族を扶養する機会を奪われ、教育の機会や職業選択の自由も剥奪されたまま、ただ日本国が敗戦する時まで被告が強制する日程と規範に従って労働に従事するしかなかった。
ウ) 被告は原告らに強制労働を強要しながら、最小限の保護義務を提供をしたり賃金の支給もしなかったし、食事も粗末で外出や家族と行き来する手紙も制限・検閲した。
エ)故K○○はこの事件の工場内で東南海地震で死亡したし、原告K○○はこの事件の工場で強制労働をしていた時に人差し指を切断する怪我を負ったりもした。

 2)原告K○○の相続分に関する判断
   原告K○○は自身の妹である故K○○の相続人としてK○○の慰謝料を請求すると主張するので調べてみたところ、K○○が1944年12月7日死亡した事実は前で見た通りで、当時家族内の女子が死亡した場合、父が相続するのが慣習法といえるが、この法院の強制動員犠牲者等支援委員会に対する2013年7月3日付け事実照会結果に依れば、K○○が死亡した当時K○○の父であるK○○が生存していた事実が認められるので、K○○の慰謝料は上のK○○が単独相続したということができ、原告K○○がK○○の相続人であることを前提とする原告のこの部分の請求は理由がない。
   次に原告K○○は自身の妻である故K○○の相続人としてK○○の慰謝料を請求すると主張するので調べてみたところ、K○○が死亡した当時相続人として配偶者である原告K○○及び3名の子女がいたという事実は前で見たのと同じなので、原告K○○はK○○の慰謝料のうち、その相続持ち分に従って50,000,000ウォン(150,000,000ウォン×3/9)の相続を受けるというべきである。
 3)遅延損害金の起算日
ク、小結論

4.結論
 今やっと小学校を卒業した少女たちは、学校に通わせてくれて、お金も儲けさせてくれるという虚言に騙されて故郷を離れるしかなく、日本で非人格的な待遇と過酷な強制労働に苦しめられるしかなかった。少女たちの内、ある者は日本で生き残れなかったし、生き残った者たちは故郷に帰って来たものの、慰安婦と非難されるのが怖くて自身の被害に対して自ら沈黙しながらわが韓国社会から疎外されて暮すしかなかった。50年以上もの歳月が流れ老婆になった少女たちは大韓民国政府に無視されたまま、韓国の市民団体と日本の良心的知識人、弁護士らの助けで10年余りをかけて日本と行き来し裁判を行った。そして今や80歳を越し、杖と車椅子に頼りながらこの法廷に立つ原告らを見ながら、われわれは皆同じ人間として原告らのような歴史の被害者たちに今後も関心を持ち続けるべきであろう。最後に日本政府と被告のような企業は、これからでも原告らのような強制徴用被害者の痛みに関して関心を持ち、積極的に解決に向かった時、両国の市民と政府の間のわだかまった感情の問題も解決できるだろうと思う。
 以上のような理由から原告らのこの事件請求は各上の認定範囲内で理由があるのでこれを引用し、各残りの請求は理由がなくこれを棄却することにして、主文の通り判決する。

  裁判長 判事 李(ジョングワン)

朝鮮女子勤労挺身隊光州大法院判決

kage

2013/11/02 (Sat)

11月1日(金)14:00
朝鮮女子勤労挺身隊光州大法院判決
光州空港での大法院判決の支援の会代表団
上は、光州空港に到着したときの画像です。
法廷に向かう原告のハルモニと金中坤氏、後方には支援の会
法廷に向かう原告のハルモニと金中坤氏、後方には支援の会
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そして、
被告三菱重工不在の公判は5分で終了。
勝利 勝利 勝利 ・・・・・・
大勝利です。
勝利判決!
そして、記者会見。
記者会見で
勝利判決墓前報告。
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報告大会。
報告大会

しかし、私はスッキリしません。
確かに勝利判決ですが・・・・・・

日本国内では、
日韓請求権協定を盾に「戦後補償は終わった」
と、マスコミを引き込んでの
政財界の韓国パッシング。
人として人間として考えられません。
特に三菱・・・・
控訴すると言います。
社会的責任を果たさない三菱。

と・・・。
こんなことを考えていたら、
ますます怒りがこみ上げてきます。
ハルモニ、Kさんにとっての戦後は終わっていないし、
70年の苦節は今も変わっていません。
恨(ハン)を早く晴らして欲しい。

勤労挺身隊光州地方院裁判

kage

2013/10/31 (Thu)

4回の口頭審理を経て、
名古屋三菱朝鮮女子勤労挺身隊の裁判が、
明日光州地方院で判決されます。
日本でのマスコミ・財界等々からの
パッシングや干渉は少なくありませんが、
それに惑わされることなく
正当な判決が出ることを期待します。
ここで勝訴することは、
ハルモニたちの68年におよぶ、
長い苦節(恨=ハン)を考えると、
十分拭い去ることはできないと思います。

人として、人間として
政治・経済も含め
国境を越え、
日韓交流を考えることが、
重要だと思います。

挺身隊訴訟市民の会報告集会1 挺身隊訴訟市民の会報告集会2


名古屋三菱挑戦女子勤労挺身隊光州裁判

kage

2013/10/08 (Tue)

10月4日の公判で、
原告5名全員(80歳以上、最高齢89歳)が尋問で訴えました。
判決日程は11月1日(金)。
支援の会は再度訪韓します。

共同代表TT氏からのメッセージ
前大戦中、日本国と日本企業が行った強制連行・強制労働・徴用の
朝鮮人被害者による損害賠償請求訴訟は、日本の裁判では原告が
敗訴を重ねていました。「日韓請求権協定により個人の請求権は
失われている」との理由でした。
韓国内でも韓国人被害者が加害日本企業に謝罪補償を求めて
韓国の裁判所に提訴した裁判が行われ、これも日本の裁判と
同様の理由で原告が敗訴していました。ところが、大法院(日本の
最高裁にあたる)へ上告したところ、「日韓請求権協定によっても
個人の請求権は失われていない」として裁判のやり直しが命じられ、
新日鐵・住金と三菱重工広島を被告とする二つの訴訟で、それぞれ
7月10日と7月30日に、賠償金としてそれぞれ1人1億ウォンと
1人9千万ウォンを支払えとの、画期的な原告の勝訴判決が
出されました。
これに対して日本政府と企業のみならず、日本のマスコミも
社説で「日韓請求権協定を反故にするもの」とし韓国での
勝訴判決を非難しました。
しかし、このような日本側の反応は正当なのでしょうか。
韓国で画期的勝訴判決が出た経緯、判決の内容などを
正確に受け止め理解し、冷静に考えるために、以下のような
シンポジュウムを企画しました。是非ご参加ください。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
≪「反日」判決なのか? 
   7・10ソウル-7・30釜山判決を考えるシンポジウム≫
【日時】 10月14日(月・休) 午後1時半~4時半(1時開場)
【会場】 中央区立日本橋公会堂3・4号洋室
     (中央区日本橋蠣殻町1-31-1 
     東京メトロ半蔵門線水天宮駅6番出口より徒歩2分)
(アクセス)http://www.nihonbasikokaido.com/shisetsu#access
【参加費】 700円
【パネリスト】 吉澤文寿さん(新潟国際情報大学教員)
        五味洋治さん(東京新聞記者・編集委員)
        川上詩朗さん(弁護士)
        張完翼(チャン・ワニク)さん(韓国・弁護士)

 7月10日、ソウル高等法院は、新日鉄住金を被告とする
戦時中の強制労働事件について、一人当たり1億ウォン
(約880万円)の支払いを命じる歴史的な判決を言い渡しました。
7月30日には三菱重工を被告とした事件でも同様の判決が
出ました。強制連行強制労働を「反人道的不法行為」と認定し、
1965年の日韓請求権協定では、不法行為による個人の
損害賠償請求権は消滅していないと判断。日本の確定判決が
日本国憲法の理念や世界的な共通価値に反すると批判しました。
 ところが、日本の主要マスコミは「日韓請求権協定で最終的に
解決済み」(菅官房長官)という政府の姿勢に追随し、一斉に
「日韓合意に反する賠償命令だ」(読売)、「根拠なき要求に
拒否貫け」(産経)、「日韓両政府とも重荷に」(東京)、
「国家間の合意に反する」(毎日)、と批判の社説を掲げました。
読売新聞は「反日世論の高まりと無縁ではあるまい」と、
「反日」判決と決めつけています。本当にそうでしょうか。
判決が何を訴えているのか一緒に考えてみませんか?

シンポジウムの成功のための一口1000円カンパにご協力を!

(振込先)郵便振替 口座番号:00140-1-322811 
         名義:立法推進日韓共同行動

主催:強制労働被害者補償立法をめざす日韓共同行動
後援:日本製鉄元徴用工裁判を支援する会/
   韓国の原爆被害者を救援する市民の会/
   名古屋三菱・朝鮮女子勤労挺身隊訴訟を支援する会/
   第二次不二越強制連行・強制労働訴訟を支援する北陸連絡会
連絡先:山本(090-9204-7607) 矢野(090-2466-5184)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

光州地裁第3回口頭弁論

kage

2013/08/25 (Sun)

名古屋三菱朝鮮女子勤労挺身隊
「光州地裁第3回口頭弁論(8月23日)に9人で参加してきました。
原告5人全員が参加しました。

第3回口頭弁論後集会報告 弁護団報告

第3回口頭弁論後報告集会 原告団支援の会集合記念写真 原告5人と弁護団、訪韓支援の会9人

次回期日は、10月4日(金)14:00からで、
原告全員が陳述します。一応2時間を要求しましたが、
裁判官は、後の予定が無いからオーバーしても良いと言ったそうです。
また、損害賠償金は、1億ウオンから2億ウオンへと修正請求しました。
幼い少女を強制連行・強制労働したいうことが根拠です。
10月中にも判決が予想されます。」(T)

8・24中日

光州裁判傍聴

kage

2013/08/21 (Wed)

名古屋三菱挑戦女子勤労挺身隊裁判口頭弁論が、
24日に行われます。
その傍聴に参加のため、
中部国際空港から明日出発します。

勤労動員された少女たちの補償が
未だされていないという非人道的問題は
両国間国交に良くないと思います。
戦後処理の曖昧さが決着させない壁になっています。
彼女たちには戦争が終わっていないのです。

韓国の裁判は、日本の裁判と違うそうですが、
言葉のわからないものでも
なにか伝えることができると思います。

東南海地震犠牲者追悼式典2

kage

2012/12/09 (Sun)

追悼碑側面から 看板
追悼碑説明文
東南海地震犠牲者追悼式典
一昨日、名南ふれあい病院内北側駐車場にて
54名の歴席で追悼式典を行いました。
記念碑は、11月4日当地に移設し、
移設除幕式を開催(韓国関係者招聘)しました。
1988年12月4日に、記念碑を建立除幕式を行ってから24年目でした。
M氏挨拶 熱田中学同級生挨拶

献花 献花2

追悼碑の意義
小出 裕氏挨拶
 『碑』に刻まれた57の命に追悼の心を捧げます。国家と企業が隠し続けた真実を刻んで誕生した碑が、今回移設されたのを機に、新たに韓国光州市民の会による、「悔恨と激憤」を刻んだ『連帯碑』と『追悼碑由来記』が加わりました。いずれも戦争モニュメントですが、戦争犠牲者を「英霊」視し、「戦後の平和と繁栄の礎」とする忠魂碑の類とは異なり、、東アジアの人々にも通じる、志の高い、平和・防災のモニュメントです。第2の誕生の地で、そのメッセージを永く身近に伝え続けてほしいものです。(2012.12.7 小出 裕)

追悼碑の説明












東南海地震犠牲者追悼記念式典

kage

2012/12/07 (Fri)

東南海地震犠牲者追悼記念碑 移設時撮影
東南海地震犠牲者追悼記念式典
東南海地震被災68年目の今日、
現在地に移設後、初めての追悼式を行います。

地震発生時刻に合わせて行います。
当時を知る人はずいぶん少なくなってきましたが、
戦争時の記憶を風化させないためにも
この行事は途切れさすことができません。

日時  12月7日(金) 13:15
会場  名南ふれあい病院 北駐車場西側

東南海沖地震犠牲者追悼記念碑移設・除幕式

kage

2012/11/06 (Tue)

2日目 式典

9時、フラワーホテルへ出迎え、
昨日の歯医者で名南ふれあい病院へ出発。
式典一時間前に到着。
既に、高橋・小出・平山氏と追悼実行委員会のメンバーは準備中。
韓国から到着していた石碑も
東南海沖地震犠牲者追悼記念碑の左側隅に設置されていました。
光州からのレリーフ表 光州からのレリーフ裏

式典は、予定通り10時30分から始まり
設置実行委員長挨拶 記念碑除幕 金 熙鏞 氏

献花 記念碑の刻字の説明

12時ぴったりに終了し、記念撮影をしました。
記念撮影

参加者は102名でした。
その後、病棟5階ベランダから、
今は完全に整地された日清紡(もと=戦中=三菱航空機)跡地を眺め
昼食は予定を変更してあさひ寿司に、向かいました。
熱田神宮でうどんを食べる予定でした。
あさひ寿司での昼食
美味しいお寿司に満足し宿泊先の「ルブラオオ山」に3時半頃到着、
意図時の休息をとり、
5時半から懇親会を(25人)高橋代表の司会で楽しく行いました。
懇親会 挨拶は高橋代表 懇親会 挨拶は高橋代表2 懇親会後の記念撮影

3日目(11月5日) 帰韓の日
9時30分「ルブラ王山」高橋号と赤塚号に分乗、
女子挺身隊が来名した時の地を辿りました。
KKRの駐車場に車を置かせてもらい、

名古屋地裁・高裁前での提訴の状況再現、
護国神社参拝の様子は、
記念碑を設置がもとで提供されたという写真を見ながら
当時の場所を確認したり、
名古屋城の消失前と同じ場所であると言う所で記念撮影をしました。
1959年再建された名古屋城に登った後、
中部国際空港に向かいました。
名古屋高速のリフレッシュ工事の
影響か、気は焦れど道は渋滞、
到着までに随分時間を要しましたが、
1時間前には、搭乗手続きができました。

ほっと一息して昼食を済ませ、
金中坤し、その他7人がそれぞれ韓国に帰って行きました。

やれやれ、長い3日間でした。(画像は後から)

東南海沖地震犠牲者追悼記念碑移設・除幕式

kage

2012/11/05 (Mon)

東南海沖地震犠牲者追悼記念碑移設・除幕式
に、8名が来日。その同行記
11月3日(土)中部国際空港へ出迎え。(11月3日から5日までの日程分担)
分担表

さて、生憎3日から8日まで
名古屋高速の鶴舞JCから名古屋南JCまでの下り区間が
リフレッシュ工事で1・22・247号線は渋滞
思わぬ時間を要す。(後日見送りに焦ることになりました)
しかし、朝食服薬を済ませ、早めに出発したので予定の一時間前に到着。
中部国際航空はガランとした感じ
出迎えの人はほとんどゼロ。
余裕の時間におにぎりを購入。
軽く昼食を到着ロビーで。
しばらくして、松井さん、岩田さん、松谷氏、冨田氏、裵氏が合流。

到着時間の変更があり15時30分頃、金中坤さんが釜山から到着。
同じく到着時間の変更がありソウルからは、4時近くに、
梁錦徳さん、安虎杰氏、呉哲錫氏、金熙鏞氏、李國彦氏、アン・ヨンスクさん、チョン・ウヨン監督
7人が元気に到着。
再会、初出会いの握手を交わし、裵号・赤塚号に分乗し、
南ふれあい病院の記念碑を確認(5時半頃)し、
追悼記念碑

フラワーホテルに6時15分頃つき、李洋秀氏は東京から到着していました。
夕食会は、山田龍源支配人の手配でホテル隣のぶんぷくで楽しく行いました。
終わり近くに、李相祚さんが合流しおしゃべりで幕。
3日夕食会1  3日夕食会2  3日夕食会3

22時半帰着。風呂に入って、バッタンキュウ。

第2日目以降は明日。

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