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東南海沖地震犠牲者追悼記念碑移設・除幕式

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2012/11/06 (Tue)

2日目 式典

9時、フラワーホテルへ出迎え、
昨日の歯医者で名南ふれあい病院へ出発。
式典一時間前に到着。
既に、高橋・小出・平山氏と追悼実行委員会のメンバーは準備中。
韓国から到着していた石碑も
東南海沖地震犠牲者追悼記念碑の左側隅に設置されていました。
光州からのレリーフ表 光州からのレリーフ裏

式典は、予定通り10時30分から始まり
設置実行委員長挨拶 記念碑除幕 金 熙鏞 氏

献花 記念碑の刻字の説明

12時ぴったりに終了し、記念撮影をしました。
記念撮影

参加者は102名でした。
その後、病棟5階ベランダから、
今は完全に整地された日清紡(もと=戦中=三菱航空機)跡地を眺め
昼食は予定を変更してあさひ寿司に、向かいました。
熱田神宮でうどんを食べる予定でした。
あさひ寿司での昼食
美味しいお寿司に満足し宿泊先の「ルブラオオ山」に3時半頃到着、
意図時の休息をとり、
5時半から懇親会を(25人)高橋代表の司会で楽しく行いました。
懇親会 挨拶は高橋代表 懇親会 挨拶は高橋代表2 懇親会後の記念撮影

3日目(11月5日) 帰韓の日
9時30分「ルブラ王山」高橋号と赤塚号に分乗、
女子挺身隊が来名した時の地を辿りました。
KKRの駐車場に車を置かせてもらい、

名古屋地裁・高裁前での提訴の状況再現、
護国神社参拝の様子は、
記念碑を設置がもとで提供されたという写真を見ながら
当時の場所を確認したり、
名古屋城の消失前と同じ場所であると言う所で記念撮影をしました。
1959年再建された名古屋城に登った後、
中部国際空港に向かいました。
名古屋高速のリフレッシュ工事の
影響か、気は焦れど道は渋滞、
到着までに随分時間を要しましたが、
1時間前には、搭乗手続きができました。

ほっと一息して昼食を済ませ、
金中坤し、その他7人がそれぞれ韓国に帰って行きました。

やれやれ、長い3日間でした。(画像は後から)
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